Ⅲ. 東方の世界は何を願うのか

A. 命名決闘の誕生

 

 大結界により幻想郷が隔離された生態系となった後、妖怪は人間にうかつに手を出せなくなりました。生態系は、外来種などによってそのバランスが乱れる攪乱と呼ばれる出来事の後、平衡の形態を変化させることがあります。幻想郷における攪乱の例は、吸血鬼異変でいいように侵略される事態となったことです。これは存在意義の薄れた妖怪の弱体化を自覚させ、妖怪の力を維持できる平衡状態を模索するきっかけとなりました。

 そうして擬似的に人を襲う死のない決闘、弾幕ごっこが考案されます。妖怪が異変を起こし、人が異変を解決する。存在意義を取り戻した幻想郷の妖怪に活力が戻り、幻想郷を守るという仕組みの誕生です。これがスペルカードルール制定の経緯でした。

 2006年12月、儚月抄連載直前の時期に刊行された『東方求聞史記』には、その理念を示す「命名決闘法案」が掲載されています(p160)。*1

 

『 命名決闘法案

妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。

だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう。

そこで次の契約で決闘を許可したい。

 

理念

一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

一つ、人間が異変を解決し易くする。

一つ、完全な実力主義を否定する。

一つ、美しさと思念に勝る物は無し。 

 

法案(抜粋)

~体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。 

~意味がそのまま力となる。

~勝っても人間を殺さない。 

 

 仮に法案が実際の法文と異なるとしても、理念はおそらく同じです。

 序文(自然状態における問題の所在)から理念一つ目・二つ目にかけてがここまでみてきた視点2と視点3関連の落としどころ(競争による生態系の活性化と死の忌避の折衷、生きることの意味づけと気枯れの解消、人妖の活動の相互性と本分の強調)、理念三つ目と四つ目が視点1の落としどころ(強さの軸を2つ用意・美しさと思念=考えること の重要性)におおむね対応します。

 後付けの巻頭言から出発して、命名決闘法案の理念に到着しました。連載時点でみれば、命名決闘法案は儚月抄の世界観の最も重要な伏線です。

 翻って月の民vs.地上の民をみると、月の民は美しさの戦いで勝利し、地上の民は思考の戦いで勝利を手にしていました。至上の価値である美しさと思念の二つを、月の者と地上の者に割り振り、両者に華を持たせたことになります。

 儚月抄とは何だったのか。幻想郷はどのようにして地上と月を一つの世界環境に取り込んだのか。ようやくこの文章における結論にたどり着きました。

 地上の民と月の民の間の、思念の勝利と美しさの勝利の交換です。

*2

 

 

B. 地上の神々との交流

 

 儚月抄の連載開始は2007年5月、東方風神録発表は2007年8月ですが、風神録の神々と儚月抄の神々は対照的な存在です。風神録のボスは博麗神主にとってローカルな神々が元ネタであり(風神録あとがきより)、舞台のモデルは故郷、ホームといえる場所です。そこで登場するのは豊穣神や厄神といった根が人間と友好的な神々と、国津神系列の神・土着の神です。

 彼女たちが相手となって、神遊びとして弾幕祭りを行うというのが概要(神側の意図)でした。ここでは人と地上の神々の交流の方法が神遊び、お祭りとして表現されています(EXステージの諏訪子発言)。一方、アウェイである月で交戦するのは天津神中心の神々でした。地上の民にとってみれば、二種類の神々に対して、二通りの交流の方法が示されているといえます。

 

 

C. 考える道具と構図の逆転

 

 このように、儚月抄で示された世界観はあくまで儚月抄の舞台設定におけるものであり、東方Projectの他作品に直ちに影響が及ぶわけではありません。もしすべてに整合性をとらなければならないとしたら、後続作品を作る負担は雪だるま式に増え、新しいテーマを扱うことも難しくなるはずです。(二次創作についても同様です。)整合性をとるために過去作のキャラクターを出す負担が重くなるのも本末転倒です。

 とはいえ、基礎にある考え方が再び現れる可能性はあります。

 

 儚月抄では月の民にとっての地上の民は道具的存在とされ、上から下に見下ろす差別意識が各所にみられます。月の民は妙にプライドが高いのでした(S底巻あとがき)。昔の永琳と輝夜が、地上の民を道具や手足にすぎないと考えていたという記述もあります。*3

 考える道具が反乱を起こし、上位の存在に挑んできた。しかしながら力においてはまだまだであり、天津神の力で人間、妖怪、吸血鬼(とメイド妖精)をコテンパンにした。

 高貴なる月の民からみれば、月面戦争の構図はそうなります。

 

 そしてもう一つ、ここで取り出すのは東方輝針城です。 

 輝針城では、道具と人間の主従関係が揺らぎます。あるルートでは、自我を持って動き出した道具に使用者が操られ、性格が粗暴になったり、異変の大元に引き寄せられたりします。使い慣れた道具であったり、コンピューターやスマホであったり、人間の行動が道具によって決められてしまう関係は外の世界にもあります(L第五話、外の人間はコンピューターに帰依して抜け殻化することがあるという例)。道具は人間よりもなお儚い存在ですが、道具はときに人間より偉大かもしれないのです。さらにEXステージでは、意思をもった道具の中に、小槌の魔力からの自立を達成した者が現れます。

 苦難に耐えつつ読んできた方は、すでに何かを見ることができるのではないでしょうか。

 

 高貴なる地上の人間からみて、儚月抄と同じ構図になるのが東方輝針城です。

 輝針城のボス構成は、儚月抄の地上の民の構成とかなり類似しています。

 

 強敵=豊姫、依姫、永琳

 黒幕たる妖怪、反転させる者=紫

 担ぎ上げられたお嬢様=レミリア

 その者が使う魔力の器=三神式月ロケット、ただし魔力は失われる

 ともに魔力を享受する者=霊夢魔理沙咲夜、メイド妖精

 呪法を教える者・見抜く者・思念の勝利をもたらす自立型別働隊 兼 酒係=幽々子

 

 強敵=霊夢魔理沙咲夜

 黒幕たる妖怪、反転させる者=正邪

 担ぎ上げられたお嬢様=針妙丸(小人族の姫)

 その者が使う魔力の器=打ち手の小槌、ただし魔力は失われる

 ともに魔力を享受する者=付喪神、草の根妖怪ネットワーク

 呪法を教える者・見抜く者・思念の勝利をもたらす自立型別働隊 兼 酒係=雷鼓*4 (太鼓弾幕・通称ビール弾幕

 

 輝針城マニュアルの推奨環境も見てみましょう。推奨環境に作品の内容に関わる精神的な要素が入るのが、最近のナンバリング作品で続いている傾向のようです。

 

 推奨環境

サウンド Direct Sound対応のサウンドカード

その他  パッドコントローラ

     ある程度の弾幕免疫

     傲慢な心(推奨)

 

 とあります。どうやらプレイヤーは月の民役のようです。

 

 かくして輝針城では、下克上なんて甘いのよ!幻想郷を混乱に陥れることは許さない!と、付喪神、天邪鬼、小人族(と草の根妖怪ネットワーク)をコテンパンにしたわけでした。

 そうして弱者の力による勝利は阻まれたものの、雷鼓が教えた外の世界の使役者の魔力を取り込む呪法によって、意思を持った付喪神の自立は果たされます。

 

 とはいえ、やっぱりたまたまという可能性もあります。しかしたとえるなら、輝針城は儚月抄とたまたま同じ必然性をもって同じコードを使ったものといえそうです。その根底にはスペルカードルールがあります。単純な実力主義を否定し、美しさ、思念を第一とする。これは単純な人間第一の世界観ではなく、人間も常に考える葦というわけではありません。霊夢たちが妖器の影響を受けつつ発した言葉は、そのまま月に向かった自分たちに跳ね返ってきます。

 この視点から輝針城のセリフを振り返ると、また別の感じ方で見えてくるはずです。

 

 どうやら、天邪鬼は意外と大変なものをひっくり返したのかもしれません。*5

 

 

*1:法案という名は、ただの取引当事者間の合意としての契約ではなく、社会的な合意であることを示しています。この合意は、自然状態で生存の問題が生じるのを構成メンバーの合意によって解消する、社会契約の一種といえます。

*2:贈与論は下準備でした。最もよくあてはまると思える言葉が交換ですが、相互性のあるやりとり、交流、と一般化しても筋は通ります。

*3:L第二話、p32 ”昔は兎に限らず、永琳にとって地上の生き物は自分の手足でしかなかった。月の都でも月の民にとっては、兎達はただの道具でしかないのだから当然といえば当然である。月の民は他の生き物とは別次元と言っても過言ではない程の、高貴な者達なのだ。(中略)何せ幻想郷には月の民は私と永琳の二人しかいないのだから、地上の民より優れていると思っても孤立するだけだし、地上の民がみんな道具であるのならば道具が多すぎるからだ。” / L第二話、p34 “そんな日々を経て、いつしか地上を月の都よりも魅力的な場所だと思うようになっていった。その時は永遠の魔法をかける事はなく、僅かだが地上の穢れに浸食されていた影響だと思う。ただ、その時はまだ私も自分が地上の民とは違う高貴な者だと認識していたし、地上の民は道具としか思っていなかったのだが……”

*4:ついでに、堀川雷鼓の堀川の由来に一説加えます。歌人西行と恋仲にあった堀川局(堀河局)という女流歌人がいたそうです。ともに百人一首に載っている著名人です。これで両者が対応関係にあるという説明が一つ増えました。他にも、死と関連性がそんなにない付喪神なのに、幽々子や小町、燐と同様、死鼓と名の付くスペルカード、和+ロケットの七鼓『高速和太鼓ロケット』は気になります。たまたまかもしれませんが。

*5:1989年11月9日から11月10日にかけて、東西ベルリンを分断するベルリンの壁が崩壊しました。無から新しく創られる歴史もあれば、ひっくり返して創られる歴史もあります。歴史をひっくり返す者は、いつだってアマノジャクです。